孤独でいることをなぜ怖がるのか。

人間とは、孤独なものだ。

わたしがフラメンコをはじめて良かったと思う理由の一つに、soleaという踊りに出会ったということがある。

soleaは孤独から言葉の意味が来ているそうだ。孤独無くしてフラメンコは踊れないのだという。それは、とても深い理解であり、とても興味深く、また共感できる話である。

 

毎度、人間の可能性に心打たれては、人間の小さな、卑小さに、絶望することがある。

何故みんな自由を求めないのか?自由であるということは同時に、孤独であるということだ。

 

自分がマジョリティにいればもっと生きやすかったのか。昔からそうだが、本当に生きづらくて仕方ない。だからこそたまに、生きていて良かったと思うときは本当に本当に感動する。

 

孤独と付き合うことは、小さい時からなにも変わっていない。昔から、わたしと孤独はワンセットだった。誰よりも孤独と愛し合って来た。

人間は愛すれば愛するほど絶望であることもよく知っている。愚かしいと思うことでさえ、難なく乗り越える強さも、孤独が与えてくれる恩恵である。

 

 

とあるアーティストが言っていた。

なぜ、孤独でいることを怖がるのか。

 

わたしもまた、同じ憤りを感じているのである。

 

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モニカみなみ

KIVAは良い音楽を奏でている。

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最近KIVAばっかり聴いている。

魂が浄化されていく感じ。

頭をマッサージしてもらうと、いかに頭の皮が突っ張ってごりごりに固まっているかがわかる。

 

まえに岩盤浴に行ったとき、目を閉じて、リラックスするはずが、ちっともリラックスできなかったことがある。

薄暗い部屋で寝そべり、頭が真っ白になるかと思いきや、たくさんのことが頭を巡ってきた。

なにもなく、空っぽになど、ちっともならなかった。

 

ああ、アタマは止まらないんだなあと感じた。

動いたり止まったりするように見えて、じつは川の流れのようにとどまりを知らず、流れ続けていく。

 

だから、chantのような音が落ち着くのかもしれない。こういう音楽はわたしの中でとても落ち着いて聞こえる。こういう音楽があるところに、わたしの魂も存在していると思える。

 

わたしはいつも抽象的である。 言葉も擬音が多く、わかりづらいかもしれない。ある意味、文章を書くことはいいアウトプットになっているのかもしれない。思えば思うほどわたしに限らずひとはたくさんの顔を持ち、そして本当の顔すら、仮面なのか素顔なのかもわからずに、どこかへずっと向かっていく。

今思うことは、がんばることがそんなに必要で大切なことなのかということ。頑張った先になにも見えない世の中に、なにを見出していくのか、まるでわからなくなった。

いや、もともとわからないし、これからもきっと、わからないだろう。

 

 

 

モニカみなみ

わたしはアフロディーテ

なんだかとっても、文章が書きたい気分。

なんだろう、ここ数日だけど、自分に正直に生きるということについてずっとずっと感じている。

 

彼女の発言からはじまり、そうだね、うんうん、わかるみたいな感じになり。

そして今に至る。

わたしは水みたいにずっと流れ続ける。

わたしは龍泉洞の水である。水であり、湖である。

ずっと洞穴に響く音だけをきいて過ごし、透明の、青い水底を眺め、ひんやりして生きている。

 

ずっとぬりかべみたいに走っていたことが、もう、まるでファンデーションお化けみたいにガラガラと崩れ落ちて、わたしの裸の黄色いたましいがうずいている。

 

ああ、これだ

これなんだ

 

 

これだった

忘れていた

いつも忘れていたこと

 

 

カラフルなベール

持ち歩くと安心する

 

空気をまとい、空気を吸い、

空気を愛してくるくるまわる

世の中のことなんてすべて星空と同じ

洞穴からみた、星空

王女様もみていた星空へ

カシオペヤが輝くときへ

天海の花嫁へ、導かれるとき

 

解放されるとき

呼応する波

呼応する涙

海を越えてやってきた潤い

あなたに届くかな、届くかな

きっとそれが届いたとき、また新しくなる

わたしは生まれ変わる

わたしはアフロディーテ

愛の炎、愛そのもの

 

 

 

 

モニカみなみ

 

田舎の話

こちらのブログは、意味もなくぶらぶらしたい人が読んでください。

 

あ、ぶらぶらというのは、わたしの世界をぶらぶらしたい人が、とゆう意味です。

けして銀ブラではありません。

 

小さいときの記憶が、ときたま頭をかすめる。

 

ふと、座敷で起きたら日が昇っており

暖かいごはんと濃い味噌汁の匂いがする。

 

ぷん、とかおるその暖かさに、子供ながらなにやら平和の匂いをかぎとり、また意味もなく抜け殻へと戻るのだ。

 

祖母の味噌汁は世界で1番うまい。

濃い味噌と、たっぷりの具。昆布の出汁をきちんと毎朝取って作ってくれる。

そして白米はいつも出来立てで暖かい。柔らかく艶がある。美しい味がする。

アジの干物。そして漬物。もちろん自家製だ。

わたしの一番のお気に入りは、大根の葉と茎、じゃこを醤油でいためたご飯のお供。

 

今思えば、あんなにうまい飯を食うたことがない。

 

ただひたすらに山に囲まれた家でダラダラと過ごし、気が向いたら買い物へ連れて行ってもらい。

 

岡山にはイズミというイトーヨーカドーみたいな建物がある。

近いイズミと、遠いイズミがある。遠いイズミは天満屋の近くで、ちょっとした都会の中にある場所だった。

わたしはこの天満屋や遠いイズミにいく途中の道路の、ガソリンスタンドに置いてあるパンダやウサギの人形を見るのが好きだった。

今日はパンダが笑っている。この間はウサギがいた。とか。

 

そしてイズミでたべるアイスが好きだった。

メロンの味があまりしないのにメロンアイスをいつもチョイスして食べていた。

 

何気ない日々だった。何気ない毎日だった。

だけどあんなにおだやかで暇で幸せな日々はなかっただろう。何かに嫉妬することもなければ、何かに怯えることもなく。何かに悲しくなることもなければ、何かを羨むこともない。

ただ与えられた毎日。

 

ただ与えられた毎日。

 

朝早く起きれたら、祖父と川まで散歩に行った。のんのん様に手を合わせ、掃除をした。

あるとき折り紙で紙風船をおってお供えした。

わたしはそれをそなえながら、「わたしの心は紙風船」と話していたそうだ。

昔からロマンチストだったのだろう。

 

掃除をした後は、のんのん様の裏にある川へ、トビの餌やりに行った。トビは、なんでもたべる。前日の残り物を向こう岸の浮島へポーンとほうりなげる。そしてトビが来ることを待つ。

 

しばらくしてトビが食べに来る。

 

わたしは、あるとき。トビのために祖父が用意したオールドファッションドーナツを食べたいと言った。祖父が投げる直前にそれをください!とお願いしたのだ。

祖父は少しだけわたしにドーナツをくれた。

祖父は本当に優しいひとだ。

 

川へ行く途中には、大好きなカエルがたくさんいる。アマガエルも可愛いが背中に毒があるので、茶色いスタンダードなカエルが一番好きだった。

 

よく捕まえて土に埋めて出てこれるのか実験したり、手だけ捕まえて平泳ぎの研究をした。

川に向かって投げたりもした。いっぱい捕まえていっぱい投げて遊んだ。サワガニもたくさん捕まえた。ジャンボタニシも、ジャンボオタマジャクシもたくさん。

 

銀と青のヘビが優雅に川を泳いでいるのも見たことがある。

 

ハブの抜け殻を見たこともある。

ゴミを焼くおじさんを手伝ったりもした。

シオカラトンボがたくさんいて、畑がたくさんあった。   

 

星空は満天だった。

ヒグラシが鳴いて、コオロギもないて。

ショウリョウバッタもつかまえてトノサマバッタもつかまえて。

  

 

 

 

田舎はよかった。

自然に還りたい。

人間なら、一度はそう思うだろう。

都会は闇と毒と甘い誘惑と、本当に幸せな町だ。

わたしはいつも小さい頃の田んぼと川と山を心に留めている。

いつも。

 

 

 

 

 

 

モニカみなみ

妊娠の夢をみる。

今日もおかしな夢を見た。

私は言われるままに日本家屋に行き、たくさんの飛び跳ねる鯉を見た。

鯉を捕まえようとするもそれはかなわず、私のほうへ飛び込んできた。

そしてなぜか鯉たちの池にたくさんのカレー皿がばらまかれていたのである。

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鯉が出てくる夢、しかも活きのいい鯉の夢は吉夢なのだそうだ。

しかも女性の場合、妊娠の可能性を告げる夢だとか・・・。

ついこの間も、私がおなかが痛く気持ち悪いとの旨を伝えたらてっきり私が妊娠したかもと思ったらしい・・。残念ながら妊娠ではなく急性腸炎でした。笑

 

いやはや、食べ物が食べれなくなってつらい思いをして一週間。

炭水化物を制限していたのに結局炭水化物に救われるという根も葉もない話。

人間は弱ったとき、吸収できるものは、結局炭水化物。

おかゆとか食パンとかうどんとかそういうもの。

 

繊維質のものは好きでデトックスと思って食べていたのですが、まあとりすぎも胃に負担をかけるのですよね。なんでもほどほどが一番ね。ということを学んだ一週間でした。

 

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きょうも、美人さんばかりにお会いしました💗 

 

 

 

モニカみなみ

食べる幸せ

食べられることがいかに幸せなことか。を、感ずる毎日。

 

人間はただ、食欲を満たしたいために食べるのではない。

 

栄養を取り込むために食べる。

生きるために食べる。

食べないと、死ぬ。

 

本当にそうおもう。

こころの充実もあるかもしれないが。

食べることで、生きるというのは正しい。

 

わたしは繊維質のものがすきなので、ずっと、体に負担をかけていたなあと反省。

 

もっと身体に優しいものも食べないと身体がかわいそうだ。

 

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公園には美男美女が揃っている。

 

 

 

 

モニカみなみ

 

 

きょうみた変な夢のはなし

きょうはおかしな夢を見た。

 

家族で食事をすることになり、両家じいちゃんばあちゃんまで来たのだが、わたしは体調不良のためおかゆと食パンとゼリーしか食べれない。

 

かなり美味しそうなバイキングだが何ひとつ口にはできなかった。

 

わたしは切れた。

あれもこれも食べろと勧めてくる家族に対してブチ切れた。あんたらわたしの気持ちを何ひとつ理解していないだろう!と。

 

しかし父には怒らなかった。しかもこのレストランは、シーサイドレストランで、まるでマリオカートのようにドリフトしたり海を飛んで渡ったりしてきた場所なのだ。

 

父はわたしには謝ってきた。ごめんね、たべれると思ったんだよ、と。わたしは父に帰るから車を開けてくれと頼んだ。

荷物をもらい、わたしは足早にそのレストランを去った。

 

帰り道は真っ暗で、横断歩道のちかくの警察官らしき人に最寄駅の名前を聞いた。

バリ島の前の駅、という名前らしい。

 

横断歩道を渡ると、チャイニーズらしきマッサージのお姉さんがティッシュ配りをしている。そこへガラの悪い男が絡みに生き、二人はマンションへ消えていった。

 

なぜかわたしもマンションにいて、二人は目の前で絡み始めた。しかしながら、興奮していた男はお姉さんの服を脱がし凍りつく。

彼女はれっきとした男であり、立派なものがついていたのだ。

 

男はパニックになり暴れ始めたすきに、お姉さんの反撃が始まる。

近くに落ちていた耳栓のようなものにセメダインを塗り、男の尻の穴にそれを投げ入れた。

ホールインワン!と叫びながら泣き叫ぶ男をみてお姉さんは大笑い。

 

後に場面は切り替わり、朝になる。

警察官が事情聴取に現れるが、部屋には動かなくなった男しかいない。

男はしばらくして息も絶え絶えに話し始める。わたしは、運がなかったのだろうか、と。

 

そこでわたしは目が覚めた。

 

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モニカみなみ