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人生

1番はじめの習い事はピアノだった。3歳から始めたのに、ここまで何も起きなかった習い事はそうそうないだろう。音楽学校にも行かなければコンクールで入選止まり。高校時代にある日気づいた。あ、がんばらないと、目標は達成できないんだなと。

小さい頃なぜ練習しなければならないのかわからなかった。眠いから寝たら怒られた。私は絵が描きたいのに絵の学校に行くといえば非難された。お金も出してもらえなかった。それなのに、推薦でお嬢様学校に受からなかったから美大(たまたま受かった)に行けと言われた。

いまさら意味がわからなかった。わたしは歴史考古学を学びたかったから必死で探した学校に受かったのに、美大でなければお金を出さないと、親に土下座までされた。

 

だからわたしは、わたしをコントロールする人がすぐわかる。この人はわたしをこう操りたいだけ、こうしたいだけ、見栄のため、すぐ嗅ぎ分けられるし、だからついて行かない。

 

わたしはわたしが好きな服を着て、わたしが食べたいものを食べ、そして好きなだけ寝て働き、絵をかき、踊る人生を歩む。

誰と愛し合おうがセックスしようがわたしの自由だ。

 

かつて自由を踏みにじられたからこそ言う。

わたしは誰も恨んでいない。

ただ、全ては意味がある、はない。全部なるようにしかならない。

 

それが母の口癖だ。わたしがひどく安心する、口癖だ。

 

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みなみモニカ

ダラダラ徒然

小難しいことは考えない主義だ!!

と言いたいが、いつだって頭が小難しくしたがる。一度こんがらがると矜羯羅なくなるまでに時間がかかる。

 

最近はストレスとの闘い。いや、ストレスはストレスだと感じた瞬間にストレスに変わる。

 

きちんと一日を始めて、終われるかが大事なんだと自負している。そしていかに”自分のわがままを聞いてやるか”にもかかっている。

 

思えば元からの気性もあるだろうが、何故私はこんな性格なのだろうと感ずることがある。

性善説にしたがり、よく怒りよく泣き、そしてよくよく喜び、しかしながらいい加減でもある。だからなんだ、という話だが。そもそも人間はこうだ!などと決めつけられはしまい。

何が言いたいかもわからないいつものブログだが、読み手のことなど微塵も考えていないので、こうなってしまう。

ただ感情を吐き出したいだけだ。いずれ、スタイルができあがるだろう。

 

おやすみ。

 

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韓国料理屋さんのサラダバーが最高な件。

もやしナムル万歳🙌欲を言えばトマトドレッシング復活してくれないかな、、、🍅

 

 

モニカみなみ

エネルギーはぶっ飛んでる女の舞。

多分もっと頑張らない方がわたしのためかなっておもう。それくらいに、エネルギーはぶっ飛んでるけど身体は死んでる、って感じ。笑

だから色々一気にできるっちゃできる。

 

今日は夢に元彼が出て来て、わたしはそいつを思いっきり振った。なんかキラキラした服とかたくさん買ってくれそうになって、「みーちゃんはこれが似合うよ、これがいいよ!」って着せられてって、その時に夢の中の頭は「あ、またこいつにわたしの服とか決められたらやだ」って叫んで、思いっきり「わたしは友達と約束があるから帰るね!」って言って帰った。

なんかブーブー言ってたけど聞こえなかった。

そんな感じ。ああ、わたしは支配されたりが嫌いなんだなって思ったの。そらそうだよね。嫌だよね。うんうん、って自分を慰めた。

今年は女がテーマの年なんだけど、わたしのなかの女は可愛い綺麗でなくて、もっとアメーバみたいなんだよね。うまく言えんけど、アメーバ女がいる。ぐにょぐにょんしとって、ぶにぶにして、そう!!!女性器みたいな!!!!

だからこれは舞踏で表すしかないなあと、思ったの。もう全身白塗りでやる予定。呪怨みたいだよね。いいよ、理解されなくても、理解できないもん、きっと、あなたたちは。

理解するでなく感じてくれ!

なんか結局何ダンスしても自己の踊りしかできない私はなんなのか。こんな私が愛おしくて好きだ。猛烈にみなみである、私が。愛おしくてたまらない。

エネルギー爆発、みなみはみなみにしかなれぬ。誰も寝てはならぬ

 

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百仁華

体調不良

身体の調子が思うようにいかない。

最近は、休みの日は朝から晩まで死んだように眠っている。寒いせいもあるからか、布団からあまり出ず、天気がよければ近所に出かけ、なにか食材を買って帰って来る生活を繰り返している。トトロのようです。笑

活動的な人を見ると本当に尊敬します。わたしはなにをしているのかと思うことが多々ある。けれど、わたしのなかの女はけして、がんばることは好まない。ただ眠りたいから眠る、叫びたいから叫び、愛したいから愛する。それだけだ。人間を複雑にしているのはいつだって人間。

 

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百仁華

伝統と革新の塩梅

ちょっと真面目な話。笑

今日はカッタックレッスンでした。

カッタックダンスは、北インド古典舞踊、ムガル帝国の宮廷舞踊でイスラーム文化などの影響を受けている踊り。

https://youtu.be/_kks1kJxzhU

私はずっと20歳の時から踊りをはじめ、今年で7年が経った。まだ7年か、と言う気持ちと、もう7年か、と言う気持ちとさまざまあります。踊りの世界に取り憑かれてここまできて、さらにまたまだまだ知りたいやりたい踊りたい気持ちがむくむくと湧いてきて、留まるところを知らないのだから、自分でもびっくりです。

ベリーダンスの世界にどっぷりと浸かりながら、しかしながら己の踊りを志し、ようやく自分の踊りの片鱗が見えはじめた頃。

また一から学びたい気持ちで、カッタックダンス、そしてフラメンコを学んでいます。私はどうやら、お腹よりも足を動かす方が向いているみたい。ベリーダンスは大好きだけれど、中途半端なグレーゾーンの世界が多過ぎて、結局、頂点の師匠に学んだけれど、そこまでアラブ文化とエジプトを愛せなかったのです。私にエジプトカルチャーが入ってくる前に、インドカルチャーが心にあった。だからこそ、きっと何か、愛せない気持ちがあったのではないかと今では思っています。

”心が綺麗な人は、ベリーダンサーにはなれないよ。壊れちゃう。”

と、あの時先生がおっしゃっていたけど、まさに、そうかもしれません。。。ベリーダンサーの現地事情、イスラーム世界で置かれている立場は、本当に悲惨なのです。女性としては、アートでも、男性の目線は違う。私がエジプシャンでベリーダンサーになるといったなら、親から勘当され、売春婦とみなされるでしょう。

日本は自由な国だからそういったことはないかもしれませんが、私はダンサーとして、その部分のわだかまりを克服できなかったのです。

だからこそベリーダンスは尊いものであり、スターダンサーたちは本当に本当に素晴らしい。ただ、エジプシャンにしか、やはり本物の侘び寂びは表現できない、あれこそまさに”血で踊る”と言うことなのだと魂に刻まれました。

人生で頂点を目指し見たことは、今後のダンサー人生に大きな影響を与えてくれました。

今ではカッタックとフラメンコの世界にいますが、踊りは数学であるという、自分自身の人生の問いに、新たな光を指してくれる経験となっております。カッタックもフラメンコもリズムの世界。アラブリズムとは違い、独特のリズム感があります。とにかくインドのタブラの音は聴いていて気持ちがいい!レッスン音楽もリラックスできるものばかりで、足を打ちながらウトウトしそうになってしまいます。しかしながら足が難しいので自分を鏡でガン見ですが…

フラメンコは靴を履いて踊るので、これがまた難しい!靴を履いて踊るなんて中学生ぶりです。基本民族舞踊は裸足ですから、不思議な気持ちになりますね。もっと腹筋や背筋を鍛えようといつも感じます。。。

今はエネルギーがすごいのでいきなり四つくらいのことを同時にやっても平気です。

 

 

 

百仁華 

 

絵を描くこと。なんのためにがんばるのか。

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いつもそうだけど、踊るたび絵を描くたび、自信ない自分を乗り越える。

みんなそうだと思うけど、自分に自信なくて困っていたりする。わたしもすぐ、自信なくす。

おかしくなったりもする。気が狂いそうにいつもなる。

でも、絵を描いたり、踊ったり、なにかに没頭するとき、自分に戻ってくる。自分のサイクルの中に帰ってきてホッとする。

わたしの人生は、大多数といるよりも、大切な人たちだけと毎日を過ごしたり藝術を分かち合ったりする毎日が大切でかけがえのないもの。

わたしの絵や表現、踊りが誰かの元にとどき、なにかインスピレーションや安らぎや癒しを与えたり分かち合えるならそれは嬉しいこと。

孤独の中にいるときに、そういった幸せが、癒しが生きる糧になることがある。わたしはその大切さをよく知っている。

だからこそ、描きたいものを描くをベースに、それでも何か伝えられるような表現をしようと思って誓っている。

それでも絵を描くたび、踊るたび、わたしはわたしを天才だと自覚する。

 

 

百仁華

 

 

おなかをだしたくない。笑

どうでも良いことかもしれないんだけどね、、、!!!!

 

最近、

 

おなか、

 

出したくないwww

 

なんかおなか出すことに大抵抗アリ。

 

え?

 

老けたのかな?

 

なんで焦っていたけども、

 

まあ、

 

おなかは、

 

大事な人にしか見せないということでw

 

結論に至った。

 

というわけで、

 

ベリーダンス

 

封印。笑

 

なんだろな?

 

女性美、

 

女性性、

 

なんでもいいけれど、

 

女性は確かに体は美しいけれども。

 

人前で出すのは、、、

 

それがあまりにも普通になるのは、

 

いかがなもんかと、

 

思う日も、あります。

 

うまく言えないのですが。

 

私は厳しい教師の家庭で育ったので、

 

そういう頭がどっかしらに、

 

あるのかも、

 

しれません。

 

おなかは宇宙だ

 

と言われたりしますが、ね。

 

なんか、

 

ベリーダンスが芸術性を評価されてるなら

 

いいんだけども、

 

身体露出してる以上、

 

やはり、

 

エロ目線てのは免れず、

 

それを跳ね除けて修行してプライド持って

 

立派なダンサーならば、

 

かっこいいと心底思うのだけど、

 

そうでなく、

 

女性性や、

 

女性美や、

 

呪術的要素に錯誤され、

 

自分自身を洗脳した先にある、

 

恍惚は、

 

他人に見せるものなのかと、

 

よくわからなくなります。

 

ベリーダンスに、ベリーダンサーに必要なのは

 

プライド。

 

ブレないプライド。

 

女としての魅力を、

 

身体にとどめないプライド。

 

それには、

 

何がホンモノかを見分ける目は、

 

必要かと存じます。

 

ダンサーの本質は、

 

狂気があるかどうか。

 

私はそういう人にしか

 

惚れない。

 

 

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百仁華