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体調不良

身体の調子が思うようにいかない。

最近は、休みの日は朝から晩まで死んだように眠っている。寒いせいもあるからか、布団からあまり出ず、天気がよければ近所に出かけ、なにか食材を買って帰って来る生活を繰り返している。トトロのようです。笑

活動的な人を見ると本当に尊敬します。わたしはなにをしているのかと思うことが多々ある。けれど、わたしのなかの女はけして、がんばることは好まない。ただ眠りたいから眠る、叫びたいから叫び、愛したいから愛する。それだけだ。人間を複雑にしているのはいつだって人間。

 

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百仁華

伝統と革新の塩梅

ちょっと真面目な話。笑

今日はカッタックレッスンでした。

カッタックダンスは、北インド古典舞踊、ムガル帝国の宮廷舞踊でイスラーム文化などの影響を受けている踊り。

https://youtu.be/_kks1kJxzhU

私はずっと20歳の時から踊りをはじめ、今年で7年が経った。まだ7年か、と言う気持ちと、もう7年か、と言う気持ちとさまざまあります。踊りの世界に取り憑かれてここまできて、さらにまたまだまだ知りたいやりたい踊りたい気持ちがむくむくと湧いてきて、留まるところを知らないのだから、自分でもびっくりです。

ベリーダンスの世界にどっぷりと浸かりながら、しかしながら己の踊りを志し、ようやく自分の踊りの片鱗が見えはじめた頃。

また一から学びたい気持ちで、カッタックダンス、そしてフラメンコを学んでいます。私はどうやら、お腹よりも足を動かす方が向いているみたい。ベリーダンスは大好きだけれど、中途半端なグレーゾーンの世界が多過ぎて、結局、頂点の師匠に学んだけれど、そこまでアラブ文化とエジプトを愛せなかったのです。私にエジプトカルチャーが入ってくる前に、インドカルチャーが心にあった。だからこそ、きっと何か、愛せない気持ちがあったのではないかと今では思っています。

”心が綺麗な人は、ベリーダンサーにはなれないよ。壊れちゃう。”

と、あの時先生がおっしゃっていたけど、まさに、そうかもしれません。。。ベリーダンサーの現地事情、イスラーム世界で置かれている立場は、本当に悲惨なのです。女性としては、アートでも、男性の目線は違う。私がエジプシャンでベリーダンサーになるといったなら、親から勘当され、売春婦とみなされるでしょう。

日本は自由な国だからそういったことはないかもしれませんが、私はダンサーとして、その部分のわだかまりを克服できなかったのです。

だからこそベリーダンスは尊いものであり、スターダンサーたちは本当に本当に素晴らしい。ただ、エジプシャンにしか、やはり本物の侘び寂びは表現できない、あれこそまさに”血で踊る”と言うことなのだと魂に刻まれました。

人生で頂点を目指し見たことは、今後のダンサー人生に大きな影響を与えてくれました。

今ではカッタックとフラメンコの世界にいますが、踊りは数学であるという、自分自身の人生の問いに、新たな光を指してくれる経験となっております。カッタックもフラメンコもリズムの世界。アラブリズムとは違い、独特のリズム感があります。とにかくインドのタブラの音は聴いていて気持ちがいい!レッスン音楽もリラックスできるものばかりで、足を打ちながらウトウトしそうになってしまいます。しかしながら足が難しいので自分を鏡でガン見ですが…

フラメンコは靴を履いて踊るので、これがまた難しい!靴を履いて踊るなんて中学生ぶりです。基本民族舞踊は裸足ですから、不思議な気持ちになりますね。もっと腹筋や背筋を鍛えようといつも感じます。。。

今はエネルギーがすごいのでいきなり四つくらいのことを同時にやっても平気です。

 

 

 

百仁華 

 

絵を描くこと。なんのためにがんばるのか。

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いつもそうだけど、踊るたび絵を描くたび、自信ない自分を乗り越える。

みんなそうだと思うけど、自分に自信なくて困っていたりする。わたしもすぐ、自信なくす。

おかしくなったりもする。気が狂いそうにいつもなる。

でも、絵を描いたり、踊ったり、なにかに没頭するとき、自分に戻ってくる。自分のサイクルの中に帰ってきてホッとする。

わたしの人生は、大多数といるよりも、大切な人たちだけと毎日を過ごしたり藝術を分かち合ったりする毎日が大切でかけがえのないもの。

わたしの絵や表現、踊りが誰かの元にとどき、なにかインスピレーションや安らぎや癒しを与えたり分かち合えるならそれは嬉しいこと。

孤独の中にいるときに、そういった幸せが、癒しが生きる糧になることがある。わたしはその大切さをよく知っている。

だからこそ、描きたいものを描くをベースに、それでも何か伝えられるような表現をしようと思って誓っている。

それでも絵を描くたび、踊るたび、わたしはわたしを天才だと自覚する。

 

 

百仁華

 

 

おなかをだしたくない。笑

どうでも良いことかもしれないんだけどね、、、!!!!

 

最近、

 

おなか、

 

出したくないwww

 

なんかおなか出すことに大抵抗アリ。

 

え?

 

老けたのかな?

 

なんで焦っていたけども、

 

まあ、

 

おなかは、

 

大事な人にしか見せないということでw

 

結論に至った。

 

というわけで、

 

ベリーダンス

 

封印。笑

 

なんだろな?

 

女性美、

 

女性性、

 

なんでもいいけれど、

 

女性は確かに体は美しいけれども。

 

人前で出すのは、、、

 

それがあまりにも普通になるのは、

 

いかがなもんかと、

 

思う日も、あります。

 

うまく言えないのですが。

 

私は厳しい教師の家庭で育ったので、

 

そういう頭がどっかしらに、

 

あるのかも、

 

しれません。

 

おなかは宇宙だ

 

と言われたりしますが、ね。

 

なんか、

 

ベリーダンスが芸術性を評価されてるなら

 

いいんだけども、

 

身体露出してる以上、

 

やはり、

 

エロ目線てのは免れず、

 

それを跳ね除けて修行してプライド持って

 

立派なダンサーならば、

 

かっこいいと心底思うのだけど、

 

そうでなく、

 

女性性や、

 

女性美や、

 

呪術的要素に錯誤され、

 

自分自身を洗脳した先にある、

 

恍惚は、

 

他人に見せるものなのかと、

 

よくわからなくなります。

 

ベリーダンスに、ベリーダンサーに必要なのは

 

プライド。

 

ブレないプライド。

 

女としての魅力を、

 

身体にとどめないプライド。

 

それには、

 

何がホンモノかを見分ける目は、

 

必要かと存じます。

 

ダンサーの本質は、

 

狂気があるかどうか。

 

私はそういう人にしか

 

惚れない。

 

 

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百仁華

絵のサイト作るしまた会画もやるよ〜〜モニター募集中。

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最近ふたたび絵を描き始めました〜〜。

カラーインクもちゃんとゲットしたの!昔使っていたやつ。

昔に比べたら生産量スピードかなり落ちたから毎日毎日コツコツ描いていくことを習慣化しよう。

 

そして、柄にも無くテラスハウスのアロハステートを見てハマっている。JAPAN verは全然好きじゃないんだけどアロハステートに関してはsounds good. とおもい、みてみたよ。わたしは少し賢くなったからNetflixで。とりあえずmusicがいい。あと景色も最高。ハワイに行きたくなる!サーフィンやってみたくなっている。稲葉さんもサーフィンしてるなぁーなんて思いながら。いい1人の時間を過ごせそうで、ハワイかタヒチには今年は行こう!と決めた。

ロハステートは出ている人たちが魅力的。わたしの勝手なステレオタイプかもしれないけど、日本のコミュニティて、「何かになってる、何かをしてる」というのが職業だったりかっちりと決まっていないとだめというか、そういう風にみられる社会な気がして、それは違うなっていつも感じてる。

だって人間はどう生きるか?なに感じてるか?が大事だと思うし、外国、アメリカの人たちは、自分がなにをしているのかがんばっているのかをすごく大切にする、どんな些細なことでも誇りに思っているとおもう。

ロハステートみてて、さらにおもった。

たとえば、ローレン。毎日絵を描いて描いて描きまくる。ユースケはウクレレとギター練習、ライブする。語学学校いったり、バイトしたりもして、みんなライフスタイルが明るい。

そうゆうの大事だなっておもうの。

 

あと、気持ちを伝えるのが上手だなっておもった。何かあればきちんと伝える、言う。だからあまり暗くならない。あわないならあわないで、まあ人間同士だしねみたいなね。そういうさっぱりした感じがいい。

わたしが日本で苦しんできてアメリカで留学した時に気持ちが楽になったことが全部凝縮されてて、ああやっぱ日本て窮屈な国だなと改めて感じてる。。。笑

この社会で生きるのは至難の技。It's so difficult for me!

 

日本大好きだけどね、なぜならトイレが綺麗だから。

 

あとは、それで終わればよかったんだけど、映画ファンジニをみて、奈落の底に突き落とされた。。。とにかく暗い。暗い。暗い。

でも主人公の女優さんの美しいこと!She is a truly beautiful woman.だよまさしく!

これは見方によれば、君の名はと同じ内容。

「思えばあなたは、わたしのもとを去ったことがない」と口にしたミョンウォルの顔。最後に遺灰を巻く、ミョンウォルの顔が切なくて悲しくて。。。でも笑いながら今日人に話してしまった自分のデリカシーとセンチメンタルはどこにあるんだろうとわからなくなったよ。

 

キーセンや花魁は過去に生きていた時代がある気がする、いつも。

踊りをしているのも、かならずやそういった縁回しがあるからなのでしょう。

わたしの人生はいろいろなことを思い出すことで弔うこと、も使命の一つ、やることの一つとおもっていますから、昨日は思い切り感慨に浸り眠れなくなりました。

恋人にしばらく会えない人は、みちゃだめ。辛くなるしあえなくなる気がして辛いよ。

おすすめ、映画版ファンジニ。

Netflixで見れるよ。

 

 

 

百仁華

 

 

新年あけましておめでとうございます。

新年、あけましておめでとうございます❗️❗️

 

いや〜〜、家にテレビがないからなのか

 

新年感が全くありませんw

 

でも皆々様の新年のごあいさつを拝見いたして

 

おりますと、

 

ああ、年が明けたんだなと

 

日本人は古来より、

 

区切りをつけて、

 

また新たに

 

という文化が根強いなあと、

 

とても嬉しく清々しい気持ちになります。

 

私はと言いますと、

 

新年は寝正月。

 

31日は9時には就寝、

 

気づいたら1日の10時。

 

去年から安定のニューイヤー爆睡。

 

まあこれも、

 

平和で何よりかなと。

 

そしてなぜか

 

咳が止まらずwww

 

何故www

 

チョットしんどい幕開けですが、

 

昨日はちゃんとジムで鍛えましたよ!

 

今日もいきますよ!

 

今年はより原点に帰り、

 

踊りにとどまらず、

 

音楽、絵画、

 

全て網羅して表現者として、

 

ますます精進してまいります。

 

みなさま!

 

今年の百仁華もお見逃しなく!

 

 

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百仁華

 

 

どう生きるか

教習所とおんなしくらい

 

ダライ・ラマの自伝が読み終わらなくて、

 

もう嫌すぎて投げ出そうかと、

 

それはそれは何百回も思ったのだけど、

 

諦めるみたいで嫌だからがんばって読んだ。

 

ついに、今日読了した。

 

感想としては、

 

わたしはチベット好きといいつつも、

 

チベットの抱える諸問題を、

 

何一つ知らなかったということ。

 

昔友人に言われた、

 

チベットに行ってもいまはチベット人がほとんどいない

 

という言葉をようやく理解したこと。

 

ダライ・ラマという生き方の不思議さ。

 

宗教国家について思うことなど、

 

たくさんある。

 

ダライ・ラマ、こないだ来日していらしたようで、

 

是非この自伝にサインしてもらいたかったが、

 

気付いた時はもう遅く、

 

ただ、

 

ダライ・ラマが身近になったのか、

 

ダライ・ラマと聞いただけで、

 

かなりテンションがあがり、

 

知り合いのような感覚に陥った。

 

全然知り合いでもなんでもないのに。

 

ただ、ダライ・ラマは、

 

日本に住む兄弟姉妹と、

 

おっしゃってくださるでしょう。

 

宗教を実践する方だけど、

 

宗教にとらわれない彼の思考や姿勢は、

 

非常に宗教者として頼もしく、

 

魅力的である。

 

やはり宗教を偏見やおかしなものにするのは

 

いつも中心でなく、

 

取り巻きのせいだとよくわかった。

 

本来宗教は生活や人間を豊かにするもの。

 

縛り付けるもの、破壊するものではない。

 

そこ、勘違いするなよ。

 

土台に宗教があるかないかで、

 

というかそういった自前の哲学、指針があるかないかで、

 

生き方や愛しかたが変わる、と思う。

 

人間は”生き方”だ。

 

何になるか、はさほど大事ではない。

 

どう生きるか。

 

わたしは、

 

”一隅を照らす人”になると決めている。

 

そう、

 

わかる人にはわかる金○先生の言葉。

 

世界中の人がわたしを知らずともよい。

 

有名にならずともよい。

 

ただ、

 

目の前の人が困っていたら、

 

迷わず手を差し伸べることができる人。

 

お腹をすかしていたら自分のパンを差し出すことのできる人。

 

↑これはアラジンのワンシーン。

 

そういう人間でいる。

 

優しさを忘れた人間には、

 

哀れみしかなくなる。

 

大切なのは、

 

こころだ。

 

 

 

 

 

百仁華